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Wednesday, January 19, 2011

「まにらで黄昏れ、酒を飲む」 その3

 マイクに連れられ最初に向かったのはパサイ通りの一角にあるカラオケ、カラオケといっても日本で言う所のフィリピンパブのようなモノで、店内の様子はキャバクラと大差無い。途中でマイクの別の取引相手の日本人3人も加わり、マイク、三田さん、俺、その日本人3人で店に入った。
 マイクはその店で顔がきくのか我々は奥のVIPルームに通され、先ずは女の子を選んでくる様に促された。正直こういう店に慣れていなかった俺はとりあえず日本語が話せて人当たりの良さそうな人を選びその娘と話しながら静かに飲む事にした。
 その娘は昔日本で暮らしていた事があるらしく、日本でもフィリピンパブの様な所で働いていたようだった。なんとなく落ち着いた感じの娘で話しやすく慣れないながらも楽しく飲めた。
 隣の席では三田さんが別のキレイな感じの娘と飲んでいたのだが、その娘はどうやら日本語が話せないようだった。三田さんも英語が話せないはずで意思疎通が難しいと思うのだが、なぜだか楽しそうに談笑しているように見えたのが不思議だった。
 その店は結局2時間程しか滞在せず、次にタクシーでマニラの歓楽街であるマビニ、エルミタ周辺のエリアに向かった。
 まずは、ショーパブの様な店に入り、殆ど裸のような女性が舞台で踊ったり、オカマ(たぶん)の人達がコントを繰り広げるのを見ながら酒を飲んだ。三頭身位の人達がコメディっぽい芝居を演じるような物もあったが、正直どれも素直には楽しめなかった。なんとなく演じている側(おそらく社会的弱者)とそれを見て笑う裕福層の関係性が気持ち悪く、覚めた目でしか繰り広げられるショーを見られなかった。後に他のライブバーやショーパブに行った時にはそういう感じを受けなかった。店によって色々なのだろうし、日本や他の国でも同じような社会的構図はあるだろう。
 しばらくするとその店を出て、いかにも怪しげな店に連れられて入った。店は非常に暗くて狭く、小さいテーブルがいくつかあり、数人の男女がビールを飲みながら話していた。その奥には数人の水着姿の女性達が雛壇のような所で立ちながら所在なげに体をくねらせていた。
 マイクは誰か好きな娘を選べと言い、三田さんや他の日本人3人は少し興奮気味の様だった。成る程ここはそういう店なのかと理解したが正直気が進まなかった。断ろうかとも思ったが、俺は仕事でマニラに来ていることを思い出し、「あからさまに断ると角が立つかな」と思った。とりあえず適当に女性を選ぶと、その娘を連れてタクシーに乗り込みホテルへ向かった。
 タクシーでホテルに向かう途中、やっぱりフィリピンなど東南アジアの国でビジネスをというと接待等でこういう事は普通なのだろうか?とか、そういや昔誤って未成年を連れ出して途中警察に捕まりそうになった奴がいたっけとか考えていた。
 ホテルに着くと俺は一緒に来た女性にお金を渡し、「今日はこれで帰ってくれ」と言い、部屋で寝る事にした。シャワーを浴びて少しビールを飲み直してからベッドに倒れ込んだ。横になりながら「少し多く渡しすぎたかな」などと考えながらウトウトし、そのまま寝てしまった。

つづく(登場人物の名前は全て仮名です)

Friday, August 06, 2010

「まにらで黄昏れ、酒を飲む」 その2

マニラのニノイアキノ空港に降り立つと、瞬間、ムワっとして空気に出迎えられた。
「ああやっぱりフィリピンは南国なんだな」
と日本との気温差(その時日本はまだ3月だった)にフィリピンを実感した。

さっそくタクシーに乗るため空港タクシーの受付に行き目的地であるオフィスの住所を伝える。結構ボッタくるらしいが俺にとっては初めての国だし、三田さんはそのあたりに頓着がないので安全も考えて空港タクシーにした。

乗り込んだタクシーの運転手に
「Please take us to this office.」
と言ってオフィスの住所が書いてあるメモを渡した。

オルティガスという所にあるそのオフィスに向かう途中、窓から町並みを眺めていた、
「結構汚れてて、煤けた感じだな。」
というのが第一印象だった。
椰子の木、青い空、極彩色でカラフル、何となく南国に対して持っていたイメージとは少し違って何となくモノトーン的に色を余り感じないといった印象を持った。

「どうだねフィリピンは?」
三田さんから突然聞かれたが、何と言って良いか判らず
「そうですね、まだ着いたばかりなので何とも。。。」
と曖昧に答えた。

やがてオフィスに着くとお世話になる別会社の社長(オフィスの一部を借りたり、現地職員を雇うのに助けてもらう)であるマイクが待っていた。
そのマイクの手引きで現地で当面暮らす事になる安ホテルの一室を案内してもらい、とりあえず皆で近くのレストランで食事をする事になった。

「ドウデスカ フィリピンノ リョウリハ?」
マイクは日本語が達者で、以前は日本でSEをやっていたそうだ。
「ええ、非常に美味しいですね。」
と答えたが、内心は「微妙」だと思っていた。
タイ料理やベトナム料理は非常に好きで日本でも何度も食べに行ったりしていたのだが、フィリピンの料理はそのどちらとも違って非常に独特な味付けだった。
結局あまり気が進まないフィリピン料理はソコソコにしておいて、主にビールを飲んでいた。
フィリピンのビールで有名なのはサンミゲールで何処のレストランに行っても大抵これしか置いていない。フィリピンでビールというとサンミゲールなのだ。
軽い飲み味で、クセがなく飲みやすい。フィリピンにいる間は毎日のようにコレを飲んでいた。

その後、とりあえずその日は仕事は抜きにしてホテルに荷物を置いて夜の繁華街を案内してくれるという話になり俺と三田さん、マイク、マイクの友人で繁華街へ出かける事になった。そしてこの時が結構大変だったのだ。

つづく

Monday, August 02, 2010

「まにらで黄昏れ、酒を飲む」 その1

数年前、夏の終わり頃のある日、その頃俺はとある出版関連の制作会社でデザイナーをしていた。
いつも通り会社に行くと当時俺の先輩のサイトウさんという人がフィリピン行きの話をしていた。
何でも会社のデザイン制作現場を海外にも作れないか(人件費が日本よりかなり安く済むのでその分利益を出すのに有利だからという理由だった)という事でフィリピン行きの話を持ちかけられたらしかった。
サイトウさんに話を聞くと結構消極的だった、
「外国人にウチの仕事のやり方が出来る訳が無い。日本語の本しか扱ってないのにフィリピン人にどうやって作業させるのか!」
「それに俺は飛行機が死ぬ程嫌いなんだ!」
飛行機嫌いは関係ないんじゃないかと思ったが、それは言わずにおいた。

結局サイトウさんはそれから数日後の仕事の帰り、嫌々ながらも成田空港へ向かった。

サイトウさんがフィリピンへ行ってから数ヶ月ほどの間はいつも通りに仕事をしていた。
ディレクターが人員が減った事で時折愚痴をこぼしていたが、業務的には概ね問題が起こる事もなく日々を過ごしていた。

3ヶ月後、サイトウさんは帰ってきた。帰国前の噂では途中帰国予定だったのが会社側から一ヶ月滞在を延長され、酷くナーバスになっているとか色々良くない事も聞いて心配していたのだが、見たところ元気そうだった。
「フィリピンオフィスの話を本気でやるつもりなら全員の協力が無いと絶対に上手く行かない。」
と少々憮然とした感じで言っていた。

しかしながら上の方の話し合いでは全員の協力どころか「Sではダメだ他の者を行かせろ」といった話になってしまったらしく、他の者へ白羽の矢を立てることになったらしかった。
その白羽の矢がまさか自分にくるとはその時は考えてもいなかったし、「Sではダメだ」なんて話になった事を知らなかった俺は自分にその話が来た時「ヤリ甲斐がある仕事じゃないか」と思い快諾してしまった。
それからは今まで興味も無かったフィリピンという国の事を調べたり、現地入りしてからの仕事の為にアレコレ資料を準備したり、毎日忙しかった。

約1ヶ月後、フィリピン行きのフライトの為、仕事が終わると副社長の三田さんと車に乗ってホテルに向かった(お互い家が遠かったので、朝一番のフライトに乗る為には空港の近くで一泊しないと間に合わないのだ)。
その日の夕食は三田さんに最上階の鉄板焼きレストランでご馳走になった。そのとき食べたフィレステーキははっきりいってメチャクチャ美味かった。

翌日リムジンで空港へ向かいフィリピンエアに乗り、俺はフィリピンの首都マニラへ出発した。

つづく